本当の断食

 1996年1月、私はモルジブで3度目の断食をむかえてしまった。イスラム教名物「断食」。はずかしながらその昔、私は断食と聞いて、なあんにも食べないで1日過ごすんだと思っていた。そんなことしたら死んじゃうでしょ、そうじゃないの。一応教義では「日のあるうちは食べたり飲んだりやったりしてはいけない。日が暮れればどんなに飲もうが(アルコーはダメよ)喰おうがいたそうがかまわない」ということになっている。日が暮れたらか・・・北欧やアラスカのイスラム教徒は間違いなく死ぬ な、日が沈まないんだから、ばかな話だ。あ、もとい、今の発言取り消し、やばいやばい、日本語が通 じたら私は逮捕されてとっくに島流しになっているそうだ。モルジブ万歳、大統領万歳、ムスリム大好き!よしこのくらいでいいだろう。

 さて、その断食だが約一ヶ月続く。首都マーレでは自炊が思いのままであるから、こっそり隠れて朝ご飯や昼ご飯を作りひっそり食べることができる。食堂はもちろんひとつたりとも営業していない。なんたって100%ムスリムの国ですからね。地方島隊員はモルジブ人家庭に居候している場合が多いので、隠れて自炊は難しい。しかしなんで隠れなきゃいけないのだろう。他の国は仏教徒がいてキリスト教徒がいてユダヤ教徒がいてブードゥ教徒がいて、彼らは食べているけど私は我慢、てつらい思いをして断食しているのに、甘いよなモルジブ人。この私に昼間は人前で食べるな、だのお前も断食しろ、だの平気で言いやがる。人前で飲食するな、はもはや命令である。何か話が違わないか?何様のつもりだ、おい、・・・あ、いかんいかん。誰かとめてくれ。

 マーレに住む私は毎日にんにくのいい香りをまき散らすよう心がけて自炊を続けた。断食中は町中いや国中弛緩しちゃって、ただでさえ働かない人が「だるい人」になりとてもじゃないが授業などできはしない。当然学校も休みだ。暇だなあ、そうだ地方島にでも行ってみようかな、どうせ行くんだったらコテコテのすんごい地方島がいいな。てなわけで、にわとり隊員s木が住む電気のない島イスドゥ島へ・・・

やってきたぜ〜!  


イスドゥ島カライド村のみなさん

第1日め

腹が減ったに〜。S木んとこは自由に台所が使える雰囲気ではないので、調理不可。それはわかっていたので食材は持ってこなかったけど、くまさんのビスケットだけじゃなくてりんごとかみかんとか、非常食をいろいろ持ってくれば良かったなあ〜。生まれて初めての断食だ。

 日本で早朝家を出てごはんの時間がとれないほどの忙しさで気がついたら日が暮れていた、ということが3回くらいあったけど、あの時は空腹を感じる暇などなかった。しかし1日こんなぼーっとしていたら考えることはそりゃあもう食べ物のこと、というより腹が減ったこと自体を考えている。
「どーおっして、おなかーが、へーるのっかな?」
ケンカも仲良しもしてないのにお腹は減るのだ。胃袋が
「カラッポでちゅ〜、きゅるるるるる〜、カラッポでちゅよぉ〜、ちゅるるるー」
とさかんにうったえるので、
「そうかそうか、しょうがないな、ルール違反だが水をあげよう。ふっ、かわいいやつめ。」な〜に〜が〜、ルール違反なのよ、あたしは断食する筋合いはないんですからね。お〜っとっと・・・
ま、とにかく水を飲む。
「きゃー、水だ水だ、わ〜い」
と胃袋が喜んだのもつかの間、生意気にも
「んもうちゃぽちゃぽでちゅぅ〜」
と水を拒絶しはじめた。

 日が沈みバンギが鳴った。
まず、ジュースを飲む。歯が溶けそうにクソ甘いクルンバファニ(ヤシの実ジュース砂糖入り)とアラナーシファニ(パイン缶のシロップジュース)が出た。どんなに貧しい島でも砂糖だけは豊富にあるのはなぜだ〜。米より魚より砂糖が優先なのか、う〜、悲しい、悲しすぎる。ただでさえ甘いものが苦手なこの私が砂糖味のジュースを飲まされるとは、しかし何かおなかに入れておかないと、とほほ。

 ランプやロウソクが灯り、甘ったるい胃も落ち着いたころ、カレーを食べた。うまかった。その後10:00pm、2回目の食事。そして3:30am、
「たか〜!起きなさーい、メシですよ〜。」
とたたき起こされ、ハールとよばれる最後の食事、これを食べたら次の食事は明日の夕暮れ、ハールではとうとうイスドゥ名物さとうかけバナナご飯にお目にかかることができた。つらかった。

第2日め

 暑いなあ、ちょっと胸やけするなあ、あんな時間に食べてすぐ寝たら胃だって腸の柔突起だって眠っちゃうもんねえ。そういや昔徹夜仕事していて、朝4時に
「このへんで夜食入れまーす。」
とてっきりサンドイッチかおにぎりだと思って、牛丼を手渡された時は、
「こんな真夜中に牛丼が食えるかあ〜!」
とそのままそいつの顔めがけて牛丼をぶちまけた・・・りはせずに文句言いながらいただいたけど、若かったなあ。ああ、牛丼素晴らしい響き、カツ丼とはいわないよ、牛丼食べたいなあ〜。

 夕方、断食明けのサーボーン〔お茶)をしていると、
「これ食べたら次はハールだからしっかり食べとき。」
とマンマに言われた。え!?1日2食? しかも7:00pmと3:30am!何だよー、断食の時は5食くらい食べるっていうのは嘘かよ〜。それはお金持ちの家だけなのか?とほほほ。

 本来は断食中も昼間は普通に過ごさなきゃいけないのに(他の国はそうだ、ちゃんと働く)明け方ぎりぎりまで食べて昼過ぎにのそのそと起きあがり、ぼーっと日が沈むのを待つ、という断食のための日々を過ごしている人も少なくない。天下のミニストリー様も7:30〜13:30というオフィスタイムが9:00〜13:00という楽々スケジュールになるんですものね。モルジブならではの素晴らしい対応だ。おがけで私もらーくらく。

 夜、19:00〜3:00の間でこれまた、かあちゃん、かあちゃん、おなかと背中がくっつくぞ、とうたのおねえさんになってしまう。うたのおにいさんと言えば田中星児、ピンポンパンのおねえさんといったら酒井ゆきえだな、みわゆうこというポンキッキのおねえさんを知る人は少ないだろう。ポンキッキーズになるちょっと前の人だ。そんなどうでもいいことを考えながら水を飲み、
「あの、ちゃぽちゃぽなんでしゅけど。」
と胃袋がいうので笛やハーモニカを吹いて空腹をまぎらす作戦に出た。去年の7月以来数々の曲を演奏してきたが、この国の風景にぴたっとはまるのは松田聖子の「青い珊瑚礁」である。これをおいて他にない。ランプの光の下、s木のギターと大セッション。それにしても夜なのに空腹ってなんなのよ〜。だから胸やけしようが何しようが3:00のメシを食いっぱぐれると1日1食になってしまう。本当に断食してどうするよ、死ぬぞ。
「ま、慣れればね、うん。」
とs木は言うが、こんなことに人のからだが慣れて良いのか。

第3日め

 夜中にたたき起こされるのもしゃくだから、今日はハールまで起きていよう。と徹夜を決め込み、ランプとロウソクの前でギターとブルースハープセッションに加え、いつものバカ話に花が咲く。場所がイスドゥに変わっただけでマーレのホステルと全く同じじゃねーか。酒がないのが大きな違いであるが、その代わりといってはなんだが手元には水差し、なぜか酒を飲むようにちびちびやってしまう。いつの間にか1.5リットルの水差しは空になり、おかわりを汲んできていた。そして何ということだろう、我々は酔っぱらっていたのだ。くだらんギャグで高笑い、夜中だというのに大合奏、
「わしらもー楽しいんだもんね、気持ちええんだもんね、のってるんだもんねーもんねもんねーわはははははは」
とあのハイな気分は酔い以外の何ものでもない。以前ききビール大会をやって8種類くらい飲み比べたことがあるのだが私はひとつしか当たらなかった。なあんだあたしゃビールならなんでもいいんだ、ということがわかり、
「う〜ん、やっぱり○○がいちばんだね、コクが違うよ。」
なんていう知ったかぶりな発言はやめている。1ケース$10のアンカーでじゅうぶんだ。冷えてりゃ何だっておいしいぞ。しかしビールならなんでもいいどころか、飲み物ならなんでもいいとは、おどろきももの木こりゃまた泣かせるフィーリングである。酒なら何でもいい、というI尾さんの上をいってるわけだ。

 ボトル1本半空けたところでマンマが呼びに来た。カレー、ご飯、さとう、バナナ、そして甘い甘〜いタピオカのぬるーい飲み物。水でちゃぷちゃぷだが無理して詰め込み、いいかげん眠かったのですぐに寝た。

 翌朝、私は二日酔いまで体験することができた。胃がむかむかして、んもう・・・・
酒を一滴も飲まずにここまでいけるとは、断食も捨てたもんじゃない。


1996年1月